『ドグラ・マグラ (上・下)』夢野 久作

 

「これを読了した者は、数時間以内に、一度は精神に異常を来たす。」

そんな怪しい本をあなたはご存知でしょうか?

 

それが、夢野久作さんが書いた

『ドグラ・マグラ』

です。

 

『黒死館殺人事件』小栗虫太郎

『虚無への供物』中井英夫 (塔 晶夫)

 

と並んで、日本小説の『三大奇書』の一つと言われるこの作品は

 

構想と執筆に10年以上の歳月をかけ、

作者が没する前年の1935年に刊行された推理小説となっています。

 

あらすじは、

精神病科の独房に閉じ込められた、記憶喪失の精神病患者のである「私」が、

過去に関わったとされる複数の事件の真犯人、そして動機や手口などが次第に明かに…というもので、

 

奇妙な巻頭歌のほか、胎内での壮大な体験、脳髄の無限の神秘的可能性、

そして精神病院の地獄的な描写など、要約不可能な難解で複雑な構成を持つことが

より奇書としての色を濃くしています。

 

その内容ゆえに賛否様々なレビューがありますが、ここでその一部を紹介します。


これは食べ物でいうならば、『珍味』なのです。
巧い文章が読みたい、いい話が聞きたい、感動したい、涙を流したい、知識が欲しいなどと云う人、金を払ったんだから、それなりのものを欲しいと云う人が読むべきものではない。
この作品を読んで「これはマズイ」「面白くない」など云う人がいても、何も驚きはしないし「これは絶対面白いから読め」とも勧めない。

そもそも『ドグラ・マグラ』というタイトルが良く出来ているのではないか。ここで興味を示すか、示さないかで、すでにふるいにかけられているのである。面白い本はたくさんある。その中で『ドグラ・マグラ』というタイトルの妖しい本を手に取るか取らないか。
これをミステリや推理小説として読む人がいますが、それはオススメしない。オチが読めたなどということは、何の意味もないことなのです。これに関してというより、久作の作品に対しては、筋の通ったものを求めることに意味はありません。

夢野久作はこのような文体でしか物が書けない人では決してない。当たり前だが狂人ではない。それは理解しておかなければいけない。久作にも、もっと読み易いものはいくらでもある。というより「ドグラ・マグラ」が特に読みにくい種類のものなのだから。
一見まわりくどいような、どろくさいような、間抜けな文体は『ドグラ・マグラ]の世界観に合わせたものである。あの独特な倦怠感のループはこの本でしか、おそらく味わえない。

巷では読むと精神がおかしくなる…などと茶化すような書評が出ていますが、その実は精神病や輪廻、因果応報といった内面的精神科学を軸にした、一種のミステリー小説です。
たしかに、合間合間に小説的文章でない挿話があるなど、読むにはかなり根気がいるものですが、その実、中身はかなり本格的に練り込まれた文学作品だと思います。

その読みにくさ、題材、話の展開、すべてに奇抜性があり、そのせいでこの小説がゲテモノ扱いされ、あまつさえ小説の表紙が内容に全く関係のないような意味不明なデザインですので、小説そのものがかなり歪曲した評価を受けてしまっている気がするのが大変残念でなりません。
テーマの深大さ、主人公や登場人物の心理描写や描かれ方、内容・構成の難解さ故の感読後の何とも言えない達成感、そしてラストの何とも言えないもどかしさ…
もっと正当な評価を受けてほしい名作であると、声を大にしていいたいものです

 
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